「学塔」No. 91

(1995. 10. 20 発行)

ホームページ

三重大学附属図書館報「学塔」


本号の内容


"60歳からの変身"顛末記

教育学部 河野 幹雄

小学校の学級担任から大学の留学生担当へ

 昨年の今頃、私は大阪市内の小学校で32名の6年生を担任し、音楽を除く7教科を週30時間にわたって教える一方、膨大な行事と事務に追われる毎日だった。
 9月といえば、上旬にはまだプール水泳指導が続き、それが終わると近づく運動会の練習に拍車がかかる。とりわけ、体重ばかり増えて体力も根気も足りない今の子どもたちに、最高学年としての呼び物、組体操を成功せさることは至難の業である。併行して、10月中旬に行われる修学旅行の諸準備も進めなければならない。
 日常的には、教科指導の外に給食指導や清掃指導にも担任が率先して当たらなければならないし、避難訓練や交通安全指導があり、学習参観があり、放課後には各種の会議や小委員会があり、研修会があり、合間をぬって帳簿や提出書類を整える必要もある。
 こうして書きながらも、よくまあこれだけのことを38年にもわたって何とかクリアしてきたものだと、我ながら呆れてしまう。
 だから、同僚の中には定年退職を心待ちにし、再就職など真っ平と言う者も少なくないが、私にとっては「悠々自適」など苦痛以外の何ものでもない。というより、常に何か意欲を燃やし熱中していたいという、よく言えばチャレンジ精神(実は、旺盛な好奇心と忙しくなければ落ち着かないという貧乏性)に突き動かされ、新しい仕事を模索していた。しかも、長年の小学校教育での経験を生かせる仕事、例えば自らの研究課題として取り組んできた国語教育や生活指導などに関わる仕事があればと、身の程を知らぬ願いを抱いていたのである。
 とはいえ、大学卒業生の厳しい就職難はもちろんのこと、リストラが教育界にも及ぼうとしている現状も知っているだけに、ほとんど実現不可能な夢でしかないこともわかっていた。
 ところが、本学の教育学部が留学生担当教官(それも60歳ぐらい)を公募するという情報を得て、これに応募しようと決意したことから私の生活が大きく変わることになった。前述のように、最も多忙な6年生を担任しながら、夜は大阪外大の教授陣を中心とした朝日カルチャーセンターの『日本語教師養成講座』に通い、同時にアルク社の『日本語の教え方』という通信教育を受講し、通勤の車中でも、日本語教育に関する書籍しか読まないという日常が続いた。そして、年末に二つの講座を修了し、年が明けて最後の卒業式の準備が始まったころ、幸運にも採用の通知を得ることができたのである。

カルチャーショックもプラス思考で

 着任して最初に感じたのは、当然ながら大学というものの規模の大きさと複雑さである。これまで勤務していた小学校と比べること自体がナンセンスではあるが、数量的に見ただけでも学生数で10倍、教職員数で50倍、敷地面積となると100倍にも相当する。
 さらに、さまざまな機構や手続きの仕方、大学独自の習慣や用語などを覚えるだけでも戸惑うことが多い。その上、これまで6歳から12歳までの日本の子どもを指導していたのが、20代から40代までの外国の大人を対象にするわけだから、まさにカルチャーショックであり、留学生担当教官であるはずの私自身が、さながら外国へ留学してきたような戸惑いを感じないわけにはいかなかった。
 だが、これまでの人生でもさまざまな困難に出会いながら、常にプラス思考で楽天的かつ粘り強く乗り越えてきたことを思い、また、私が感じている戸惑い以上のものを、外国人留学生こそ日常的に感じているに違いないと気づいたとき、彼らに共感するとともに、自分の役割やなすべきことが見えてきたように思う。

留学生との交流をめざして

 採用に際して私に課せられた任務は、外国人留学生対象の生活相談と生活指導である。しかし、研究室に『留学生相談室』の看板を掲げたところで、面識もない教官に誰が相談に来るだろうか。いや、たとえ面識があっても人間的な信頼関係がなければ、誰も自分の悩みを打ち明けるものではない。
 そこで私は、「日本語指導I」(初〜中級)、「日本語指導II」(中〜上級)という授業を行い、留学生の日本語能力のレベルアップをはかりながら、親しい人間関係を築きたいと考えて、自己紹介を兼ねたオリエンテーションを開いた。
 幸い受講希望者は多かったものの、すでに前期の履修届けを終えた留学生には共通の空き時間などなく、希望の曜日や時間帯を調整しても、10数名の留学生を5回にわたって指導しなければ要望に応えられないことがわかった。
 少人数の授業となると、広い教室で教壇から見下ろすようなやり方より、できれば小さな部屋で同じテーブルを囲み、時にはお茶でも飲んで談笑しながらすすめる授業の方が、人間関係を深める上でも効果的である。まだ備品の少ない研究室の半分に机や椅子を人れ、ホワイトボードも取りつければ、教室として使うことができる。しかし、研究費では賄いきれないし、特別予算を組んでもらうにしても繁雑な手続きとかなりの時間を要する上、希望どおりになるとは限らず、4月下旬から始めようとする授業には間に合わない。
 ところが、そんなことを考えて途方に暮れている私の研究室に、学内のどこかから見つけてきたと、学務や庶務、会計などの職員の方々が、机や椅子や移動式のホワイトボードを、さらに他学部で不要になったテレビとビデオまでを、次々と運び込んでくださった。私の希望を知った運営委員会をはじめ学部の先生方が陰で支えて下さったからであり、深く感謝している。
 その後、共通予算の一部も配当されて、ホワイトボードも壁掛け式となり、留学生が閲覧しやすい書架も入り、今ではすっかり教室兼相談室にふさわしい環境となった。毎週10数名の留学生が日本語を学びながら、ときには大学生活の喜びや悩みを語り、ここで知り合った留学生相互の交流も深まっているようである。
 中には噂を聞いて他学部から学びにくる者や、空き時間がなくて授業は受けられないがと、タ方からしゃべりに来る者もあって、それもまた私には大きな喜びとなっている。
 この後は、まだ言葉をかわす機会のない数名の留学生とどのような形で人間関係を結ぶかが、私の課題であり目標でもあるが、焦ることなく気長に取り組んでいきたいものである。

(目次に戻る)


となりの芝生−イリノイ大学の場合

医療技術短期大学部 武笠 俊一

 外観と中身が一致しないのは人間ばかりではない−−というのが、初めて体験したアメリカの大学の印象である。
 私が昨年の秋から今年の春まで10ヶ月すごしたイリノイ大学は、シカゴの200キロ南方のウルバナ・シャンペン市という小さな大学都市の中心部にある。明治維新の翌年に創設されたという長い歴史をもつイリノイ大学は、他のアメリカの大学と同様美しいキャンパスと整った施設を誇っている。ウルバナに着いたばかりのころは、キャンパスの手入れの行き届いた芝生を歩き、忙しげに樹々の間を飛び回っているリスを眺めるたびに日本の大学の貧弱さを思い、ため息をつかない日はなかった。
 しかし、2・3ケ月が過ぎてみると、アメリカの大学の内実は外観とは正反対であることを次第に感じ始めた。一口に言えば、アメリカの大学生の質はあまり高くないのである。私のいたイリノイ大学は、アメリカに無数にある勉強しなくても入れるようなレベルの低い大学ではない。全米のランキングで常にトップ10に入り、学生の50%以上が高校での成績が上位10%を占めるという難易度の高い大学である。それでも、学生と色々話してみると、彼らの質は日本の一流大学と比べて高いとは言えない。
 私の印象は、「アメリカの大学は世界のトップ・レベル。それに引き替え日本の大学は……」という日本人の平均的な大学観とは異なるので、驚く人が多いだろう。私が言っているのは、大学の先生の質ではない。教授の研究レベルということになれば、競争の激しいアメリカの方がレベルが高いのは議論の余地もない。イリノイ大学は、一校で14人ものノーベル賞受賞者を輩出していると言うから、日本の大学が束になってもかなうものではない。
 私が問題にしているのは学生のレベルである。学部の1・2年生は知識の量も少ないし、彼らに本当に勉強する気があるのかどうかも怪しい。初めて親元を離れて手に人れた自由がうれしくて、遊びたくてたまらないというのが本音であろう。これに高校までの勉学習慣の少なさが、拍車をかける。
 結局彼らを拘束し勉強させるのは落第の恐怖だけだから、アメリカの大学は、嫌がる学生にむりやり勉強させる機関ということになる。あるいは、小学校から高校まで「勉学」の面でスポイルされ続けてきた子供たちの、再教育の場だと言うほうが実態に近いかも知れない。この現実を見ず「アメリカの大学生はよく勉強する」と言う日本人が多いが、これは正しいとは思えない。
 なぜそうなるかというと、一つにはアメリカの教育は州ごとにカリキュラムがまちまちで、学力テストによる人試選抜が、したくてもできないからである。
 しかし、もっと根本的な理由は、アメリカ人大衆の反知性主義に根ざしているように思える。アメリカの公教育では、知育よりも自己表現や巧みな議論の仕方などが重視されているということは日本でも良く知られているが、その背後には「善良なアメリカ人」を作ろうという強烈なイデオロギーが潜んでいるように私には感じられる。それは、裏返せば「物事に懐疑をいだく人間」や「アメリカ的価値観に疑問をもつ人間」への大衆的な反感である。進化論を教えることを禁ずる運動が今も根強いのは、こういうイデオロギーが背景にあるからである。
 イリノイ州とその周辺の「中西部」は、とりわけこの傾向が強い。
 こういう価値観にもとづく教育を受けてきた人間は、知識も少ないし、物事への懐疑も弱い。大衆はこういう教育に満足だろうが、社会の指導者がそれでは困るから、高等教育機関としてのアメリカの大学は、知識の詰め込みと知的懐疑を再認識させる場として機能することになる。それを外から見れば、「アメリカの大学はすばらしい」ということになるのかもしれない。しかし、それは極めて表面的な見方にすぎないというのが、私がイリノイ大学に10ケ月いて得た結論である。

(目次に戻る)


附属図書館WWWホームページ公開

 附属図書館のWWWホームページを9月1日より公開しています。内容は利用案内が中心で、開館日、開館時間、館内の施設や、各種サービスの紹介と利用できる時間、オンライン目録への接続法、所蔵資料の紹介や各種資料の探し方等を紹介しています。また、50年史「ニュースレター」や「学塔」no.90も読むことができます。
 ホームページにアクセスするためのURLは

http://www.mie-u.ac.jp/mie-u/library/index-j.html

です。
 今後、内容を充実していく予定ですが、御意見御希望等ありましたらEmailでwww-admin@lib.mie-u.ac.jp宛へお寄せ下さい。
 なお、ホームページは工学部電機電子工学科のWWWサーバに搭載して頂いて提供しています。

(注:この記事は1995年10月当時のものです。現在本ホームページは、専用のサーバで運用中です。またURLはhttp://www.lib.mie-u.ac.jp/に変更されています。)

(目次に戻る)


MEDLINE講習会開催される

 本年2月に試験運用が始まった学内LANによるCD-ROM版MEDLINE検索サービスは、管理と運用を医学部医療情報部、情報処理センター、附属図書館、医学部図書係で分担し、現在本運用に至っています。この利用について、専門の講師による検索講習会が4月19日、20日の両日附属図書館で開催され、80名を越える参加がありました。

講習会の光景

 MEDLINE検索についての問い合わせは附属図書館参考調査係(医学部の方は医学部図書係)へお願いします。講習会のときに用意したテキストが若干残っていますのでご希望の方は参考調査係までお申し出ください。MEDLINE検索についての紹介は、11月発行予定の情報処理センターの広報にも掲載がありますので併せてご覧下さい。

(目次に戻る)


著書寄贈

木村 光雄・教育学部教授

大原 興太郎・生物資源学部教授 阿閉 義一・教育学部教授 松井 良和・人文学部教授 池田 勝彦・生物資源学部教授 勝山 清次・人文学部教授 柴田 正美・人文学部教授 濱 森太郎・人文学部教授 中川 多喜雄・人文学部教授 小川 真里子・人文学部教授 宮蔦 成壽・工学部教授

(目次に戻る)


主要日誌

1月23日(月)
第3回大学図書館員の育成・確保に関する調査研究班ワーキング・グループ(於:静岡大学)藤森情報管理課長出席
2月10日(金)
三重県図書館協会ネットワーク部会「相互貸借業務」研究会(於:三重県立図書館)油谷情報サービス課長出席
2月20日(月)
平成6年度第3回附属図書館運営委員会開催
2月22日(水)
東海地区大学図書館協議会講習会(於:名古屋大学)横山資料受入係長、岩田資料運用係長、瀬古総務係員、河谷目録情報係員受講
2月24日(金)
第4回大学図書館員の育成・確保に関する調査研究班ワーキング・グループ(於:名古屋大学)藤森情報管理課長出席
4月21日(金)
平成7年度東海地区国立大学図書館協議会総会(於:浜松医科大学)野田図書館長、中島事務部長、藤森情報管理課長出席
4月21日(金)
大学図書館員の育成・確保に関する調査研究班委員会(於:浜松医科大学)野田図書館長、中島事務部畏、藤森情報管理課長出席
4月27日(木)
平成7年度第1回附属図書館運営委員会開催
5月24日(水)
平成7年度三重県図書館協会総会(於:三重県総合文化センター)谷口専門員出席
5月26日(金)
平成7年度国立大学附属図書館事務部課長会議(於:東京医科歯科大学)中島事務部長、油谷情報サービス課長出席
5月30日(火)
東海地区大学図書館協議会運営委員会(於:名古屋大学)谷口専門員出席
6月28日(水)〜29日(木)
第42回国立大学図書館協議会総会(於:東京如水会館)野田図書館長、中島事務部長、藤森情報管理課長出席
6月29日(木)
平成7年度三重県図書館協会研修会(於:三重県生涯学習センター)田口総務係長外4名受講
7月11日(火)
平成7年度東海地区大学図書館協議会総会・研究集会(於:岐阜薬科大学)野田図書館長、中島事務部長、藤森情報管理課長、横山資料受入係長出席
7月18日(火)
平成7年度第2回附属図書館運営委員会
平成7年度第1回学塔編集委員会開催
8月23日(水)〜25日(金)
平成7年度図書館等職員著作権実務講習会(於:岡山大学)樋本参考調査係員受講

(目次に戻る)


三重大学附属図書館報「学塔」 No.91
1995年10月20日 三重大学附属図書館発行
津市上浜町1515 TEL 0592-32-1211 FAX 0592-31-9086