ものづくり

工学部  水谷一樹

 「ノーベル田中さん」こと島津製作所田中耕一氏のノーベル化学賞受賞以来、わが国の製造業の研究・開発水準の高さが話題になっています。田中氏の快挙に同氏の人となりが重なり連日のようにテレビのワイドショーや週刊誌をにぎわしている一方、他方では若者たちの理工系離れが問題になり、大企業から中小企業まで軒並みに製造工場を海外に移している現状から、技術立国としての日本の先行きが心配されています。わが国の「ものづくり」に対する本当の技術力はどうなのでしょうか。

 NHKテレビの「プロジェクトX 挑戦者たち」で、新製品の開発に携わった技術者達の苦労と成功への道がドキュメンタリーとして紹介されています。あのような技術者はもういなくなったのでしょうか。大企業でも太刀打ちできないような優れた発想と卓越した技術で製品を開発して作っている小規模の町工場(まちこうば)が東京都大田区や大阪府東大阪市を始め全国にたくさんあります。町工場のものづくりの現場やそこに働く一級の技能や技術を持つ職人の生き様を、町工場を巡礼しながら聞き書きして紹介している作家に、小関智弘氏がいます。小関氏は直木賞候補にもなった作家であると共に自身が町工場で旋盤を50年以上操る熟練工でもあります。小関氏の職人を見る目はやさしく、豊富な経験に基づいた知識、工夫、技術を生かして他では引き受け手のない難しい製品を作り上げることを生甲斐にしている町工場の職人達の姿を生き生きとした文章で読者に伝えてくれます。彼ら職人達は半導体製造装置の超高精度レンズ、宇宙ロケットの先端部や新幹線試作車の先頭部などの最高の技術が必要な精密部品やハイテク製品を文字通り腕一本の手仕事で作り上げています。このような職人達がいる限り、日本のものづくりはまだまだ安泰だという感じを受けますが、小関氏の最近の著書では後継者不足や資金不足で多くの町工場が廃業し、後世に伝えられなければならない掛替えの無い職人の知識や技術・技能が消えていく現状が述べられています。小関氏自身も勤め先の工場が取引していた金融機関の倒産に連鎖して廃業したために、平成14年4月から旋盤工の肩書きが無くなったと言うことです。

 生産効率とコストダウンが優先されている現在の企業意識を変えて、真の「ものづくり」を進めていくためには、政府が力を入れ始めた「ものづくり」振興の政策を積極的に実施し、財政面や制度面での対応を考えるだけでは不十分です。わが国の将来のものづくりを担う若者達の理解と力が必要です。小関智弘氏の小説が小学校の教科書に採用されるそうです。我々工学部でも小中高生を対象にした「ものづくりサマーセミナー」をはじめ、子供達にものづくりの楽しさを経験してもらうためのいくつかの行事を開催してきました。行事に参加している子供達が楽しそうにものづくりに取り組んでいる姿を見ているとこちらも楽しくなってきます。

 私は、10年程前に法隆寺宮大工西岡常一棟梁のただ一人の弟子で「鵤(いかるが)工舎」親方の小川三夫棟梁の講演を聴いて以来、西岡、小川両棟梁の「木のいのち 木のこころ」を手始めにものづくり職人に関する本を読むようになりました。紙面に制限があり、西岡、小川両棟梁に関する著書の紹介はできませんが、西岡棟梁の本は小中学校の国語教科書や道徳副読本にも取り上げられていますので、「知っているよ」と言われる方もいらっしゃると思います。今、わが国のものづくりは冬の季節に向かって歩いています。ノーベル田中さんの快挙を機会に、ものづくりに興味を持ち、応援してくれる若者たちが増えてくれればと期待しつつ、筆、いやキーボードを置きます。



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(みずたに・かずき)

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