「学塔」No. 92

(1995. 12. 20 発行)

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三重大学附属図書館報「学塔」


本号の内容


”自然体”の語学

工学部 清水 真

 有機化学の世界で研究を始めてから学生時代も含めるともう20年にもなる。仕事の性質上外国語の文献を調べたり、英語で論文を書いたり、あるいは外国語でディスカッションすることが多い。幸いにも私は高等学校から外国人に恵まれ、語学の授業以外にも自然に外国語に触れることができ、あまり外国語に対する抵抗はなく、むしろ当時は将来は語学を活かした職業に就きたいと考えていた。三重大学にお世話になってからしばらくして学生の間に外国語、特に英語に対するコンプレックスに似たものを持っている者が多いことを感じた。なぜか“自然体”で勉強していない学生が多い気がするし、すでに諦めている者もかなりいる。語学は実際に生きて活用されているものであるので、少しづつ努力すれば自然に身に付くのであるが、少々残念である。
 私の実践的な語学の勉強は大学2年のころから始まった。たまたま交換留学の試験を受けてみたところ大学3年の夏に、イギリスのトーベイというリゾート地で一カ月のホームスティ、引き続きスウェーデンのトレルレボルグという港町のゴムの会社の研究所に三カ月滞在する機会を得た。生まれて初めての外国は極めて新鮮なものであり、今でも当時初めて見たものは新鮮に記憶に残っている。しかし自分では比較的準備したつもりの英語が電話を受けたときなど殆ど解からずかなりがっかりしてしまった。この外国での初めての体験は色々な意味で自分の将来の仕事の方向をかえていった。欧州人の価値観、考え方などかなり島国の日本人と違うと感じた。日本人が全くいない環境で生活すると生意気にも何となく日本のことが客観的に見えるような気になった。
 大学院の修士課程のときに幸運にもイタリア政府の奨学生としてボローニャ大学に一年間留学の機会を得た。二回目のヨーロッパということもあってか、着いてすぐに有機合成化学の実験を向こうの学生に混じって行うことができた。問題は出発前にイタリア語を全く習っていかなかったことであったが、リンガフォンという教材を使って夜下宿にもどってから勉強した。当時はボローニャ大学の殆どの学生は英語を喋れなかった。日本より英語に対する状況は悪く、教授と博士研究員に対して以外はイタリア語でコミュニケーションをとらなければ生活していくことはほぼ不可能であった。したがって、昼も夜もイタリア語を耳にして、文法とか単語の綴りとか無視して勉強すると不思議なことに2、3カ月して相手の喋っていることは何となく理解できるようになり、電話の応対も何とかなった。全く不思議な経験である。英語の勉強にはかなりお金と時間がかかったが、こんな省エネルギーの語学学習法があるものかと感心してしまった。
 帰国してから博士課程に進学したがラテン系の言葉がなんとなく解かったおかげで文献を読むのが随分楽になった。特にフランス語の文献は殆どフランス語を習ったことがなかったにもかかわらず何とか読めるようになった。化学の専門用語にはラテン系の言葉がかなりあり、たとえば二価の鉄 (Fe11:ferro) 三価の鉄 (Fe111:ferri) のように元素の酸化度の高いものか低いものか語尾で解かることもしばしばあり便利である。
 博士課程を終了後すぐに米国ウィスコンシン州立大学に博士研究員として留学した。二年間マジソンという町で生活したが、この時も語学の不思議な体験をした。多分半年以上経過した後のころだったと思うが、英語を喋るのが非常に楽になったことがあった。知らぬ間に英語で考えていたのである。英語で考えているときは聞く方も喋る方も“自然体”ででき殆ど疲れない。さらに文献を読むときはスピードが二倍以上違い、忙しいときには本当に助かる。米国の学生は短期間に沢山の本を読まざるを得ない。というのは各講義で次の時間までに予習しなければならない量がかなりあり、しかも講義の数が多いときている。彼らに近いペースで本を読むためには英語で考えざるを得ないのである。
 有機化学の世界に人ったばかりの頃は今振りかえってみると実に奇妙な論文を書いていたし、英語でのディスカッションはまず文章を頭の中で作り喋っていた。どうして日本の語学教育は実践的にできないのかと、長い間悩んでいたが、最近は多くの人が自然に外国語を使えるようになってきた。日本が真に国際社会の先頭に立っていく基礎はできつつあると思う。特に今の若い世代は外国語を“自然体”で使っている人が多い。大変喜ばしい事である。
 さて、三重大学にお世話になってから早いもので六年がたった。赴任当時は大変失礼ながら学生諸君の語学のレベルが高くないのでがっかりしていたが、実際に論文を書いてもらい添削してみると意外に良く書いてくる者もいる。指導さえしっかりすればかなりのレベルの研究論文は書けると思う。自分の受けた教育をふりかえると研究論文の書き方は全くといっていいほど指導されて来なかった。試行錯誤とnative speakerの真似をして何とか書けるようになった。日本人は自分の考えをまとめる訓練を欧米人とくにアメリカの学生に比べ殆ど受けていない。化学の論文は客観的に表現する部分が多く、教官側の指導に負うところが大きいと思う。教官、学生共々、”自然体”で外国語を使う機会を増やし、活用したいものである。

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知的人間のすすめ

医学部 坂倉 照

 だれしも若いときはどんな誉め言葉よりも人から美しいと言われたい。そして年をとるにつれて知的であると言われたくなる。長じて知的な人間になるには多く本を読み、観察を楽しみ、自然を愛することが大切なのではないだろうか。  私の師であった西塚泰章先生(本学の元病理学教授)が、本年6月に逝去された。何度か人退院を繰り返され、そのたびにお見舞いに行き世間話をした。最後の入院では‘知’について話された。‘科学は知の歴史であり、それは書き換えられるものである’と。これは私にとって最後の科学談義であり、今でも遺言を聞いたかのような重みをもっている。西塚先生の会話は、いつも一方的な禅問答であった。一度聞いて分からない人は、何度説明されても理解出来ないものだといわれ、質問を許さなかった。私なりに解釈すると、科学の進歩とは多くの事実をもとに新しい概念を作り上げていくものであり、研究とは単に事実を発見する作業ではない、と言うことになろうか。
 近頃の教育と研究についてよく言われる表現がある。曰く‘穴埋め式’、‘ジグソウパズル’、‘隙間サイエンス’、などである。問題を与えられたら、つまり穴が開いていたら、答えられるが、自分で問題をさがしだす能力は不足している。隙間にぴったり合うパズルのピースを探し当てる作業は大変分かりやすい。なぜならそのピースはかならず実在する物であり、時間をかければかならず見つけることが出来、安心して仕事できるからである。研究論文には穴を埋める内容のものが多く、埋める物が流行の分子の場合には、特にインパクトファクターの高いジャーナルに載りやすく、個人の研究を得点で評価する風潮になっている。このように最近は研究が新しい事実の発見に終わることが多いし、そのように理解している研究者も増えてきたように思う。
 たとえば、色々な生物現象、いろいろな分子とその構造などは自然界における事実であり、つまり‘点’である。いくつかの点をつないで‘線’にすることが学問であり、その結果が‘知’である。我々は自分自身の線を描き、人によってその線は異なっている。色々な人が色々な線を描き、ぬり変えていく、その積み重ねの歴史が科学である。技術の進歩は点を見つけることを容易にした。現在我々の周囲には、見つけだされた点がたくさんある。もしもそこに線を描くことが出来なければ、ただの点の山に過ぎない。いくつかの点をつないで線を描くには知性が必要である。知性とは物事の質の違いを見分け、さらに質の違ったものを同じ器に並べることのできる力ではないだろうか?質の違いを見分けるには幅広い知識と理解力が必要で、そのためには本を読むことと自然を観察することが最高の道である。異質なものを同じ器に並べる力とは、即ちそれを理解し、尊敬し、愛することにほかならない。
 最近‘多様性’と言う言葉もよく使われる。組織とか社会が安定するには、構成要因の多様性が重要である。文部省は教育の目標のひとつに多様な人間性の形成をめざしており、また各大学はそれぞれ高次な教育機関として特徴ある多様化が期待されている。ところが実際には、学生を判断する試験や偏差値、研究者を評価する論文の数と掲載ジャーナルのインパクトファクター、各教官に密かにつけられ、受賞や特許などで増えていく点数は、質ではなく量的な差を反映しているに過ぎない。多様性とは異質なものの集合であり、量的な差がもたらすものではない。量の差は器械でも見分けられる。大学が質の差を理解しかつ調和をはかる事のできる知的人間の集団であって欲しいと心から願っている。

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三重大学漢籍目録

 人文学部、井上進助教授編纂による本学附属図書館の漢籍所蔵目録が本年4月に刊行され県下の諸機関に配付された。
 本目録は県下の公的機関が所蔵する漢籍調査の一環として編纂され、ほぼ戦前までに刊行された線装本、約290部(5400冊)を収録している。

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図書館で資料を探すには

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//資料紹介//

図書館の達人(6)

レポート・論文のまとめ方

 論文作成のための資料は、本誌「学塔」においても過去に何回か紹介している。今回紹介する資料は「Library Video Series 図書館の達人」のなかの一巻。
 標題のとおり、レポート・論文のまとめ方について、「テーマの選択」から「仕上げ」までの手順を10のステップにわけてわかりやすく説明していってくれる。所要時間も30分弱と手頃で、レポート作成で困っている人にはお勧めの一巻である。このビデオは、図書貸出カウンターで借りてご利用下さい。
 なお、論文作成に関する図書は主に作文のところに分類されています。日本語または一般的な論文作成なら816、英語の論文作成なら英作文=836となります。また、特定の分野、たとえば化学(43-)論文の書き方とか工学(5--)論文の書き方といったものであれば、主題に07(研究および指導法を意味する)を付けてそれぞれ430.7、507というように分類されることもあります。

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著書寄贈

櫻谷勝美・人文学部教授

中川多喜雄・人文学部教授

野田宏行・生物資源学部教授

菊岡武男・名誉教授

関根義彦・生物資源学部教授

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主要日誌

9月7日(木)
大学図書館員の育成・確保に関する調査研究班ワーキング・グループ(於:名古屋大学)藤森情報管理課長出席
10月5日(木)〜6日(金)
第8回国立大学図書館協議会シンポジウム(於:大阪大学)岩田資料運用係長出席
10月25日(水)
平成7年度学術情報センターシンポジウム(於:立命館大学)油谷情報サービス課長、萩野目録情報係長、豊田参考調査係長出席
10月27日(金)
平成7年度第1回東海地区大学図書館協議会講習会(於:名古屋大学)河谷目録情報係員、樋本参考調査係員出席
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三重大学附属図書館報「学塔」 No.92
1995年12月20日 三重大学附属図書館発行
津市上浜町1515 TEL 0592-32-1211 FAX 0592-31-9086