「学塔」No. 93

(1996. 3. 21 発行)

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三重大学附属図書館報「学塔」


本号の内容


最近出版された国際関係史に関する翻訳書の中から学生の皆さんに一読をすすめたいもの

人文学部 益田 実

 国際関係論、それも、より具体的には20世紀のイギリス、アメリカという二つの大国の絡む国際関係の歴史というものを専攻している私にとって、研究上必要な書籍のたぐいは基本的にすべて英語である。そして、そういったものはまず、翻訳されて出版などされることはない。(つまり日本の出版市場では「売れない」)、というのがこの業界の事情なのである。実際のところを言えば私や私と同様の研究に携わる人間にとって、日常読むのは英語の「本」ですらなく、一次史料たる当時の政府・外交文書そのものであることのほうが圧倒的に多い。その作業に研究の大部分の時間を費やするのであり、したがって、専門的興味をもって、日本語の書籍を読むことはまれであり、また上に述べたような出版事情から、専門書として高度な水準にあるものが翻訳書として入手可能となり、学生の皆さんにも一読をすすめたくなるという事態など、まず起こりそうもないことと、はなからあきらめているわけであるが、そのような者から見ても、思わず手にとって、そして学生の皆さんに一読を薦めたくなるような、質の高い英語の国際関係史研究書の翻訳が、近年いくつか日本の出版市場の中でも、広く一般的に流通する形で発売されている。ここでは、その代表として、イギリス、サセックス大学で国際関係論を講じる一方で、1930年代から1940年代にかけての欧米諸国と日本との関係についてすぐれた著作を発表しながら、1992年58才という若さで、惜しまれつつ急逝した、故クリストファー・ソーン教授の3つの著作の日本語訳を、紹介してみたい。
 原著の出版年と翻訳版の出版年との間には、大きな開きがあり、かつ刊行の順序も、一致していないのであるが、ここでは原著の出版順に従って紹介するものとする。
 まず、1972年に英米において刊行されたのが、"The Limits of Foreign Policy, the West, the League and the Far Eastern Crisis of 1931-1933"(邦題、『満州事変とは何だったのか』市川洋一訳、草思社、1994年、以下、翻訳者および出版社は同じ)と題する著作であり、その邦題が示すようにいわゆる「満州事変」への国際連盟と欧米各国の対応の課程を、関係各国(といってもさすがに日本語の原史料までは彼も処理しきれてはいないのだが)の詳細な一次史料の分析を駆使して、原著で、400ページ以上に及ぶ一巻(日本語訳では上・下二分冊)の書物にまとめた質・量ともに、まさに「大作」とよぶべきものである。
 実をいうと、私個人には、この本を大学院に入って初めてセミナーでの報告の材料として読まされた(もちろん、当時は英語で)という個人的かかわりがあるわけであって、そのせいもあり、この場を借りて紹介させていただくことによって、なお一層の読者をこの本に獲得してもらいたいのである。ソーンの英語は、当時の私の指導教官ですら、「何やわかりにくい文章やな。」と感想を述べたくらい、息の長い、人によっては冗長とさえ形容しかねない文章であるのだが、ここまでお読みいただいた方は、すでにお気づきかと思われるが、私自身の文章も、極めて冗長なものであり、そのせいもあり、私自身は、かえってその文体のゆえに、ソーンのファンになってしまったのである(もちろん市川洋一氏による日本語訳は、極めて読みやすいものになっているので、この部分を読んで、学生の皆さんなどにあまり怖じ気づいてもらっても困るのだが)。とにかく、そのようにして、私はこの本に愛着をいだかされ、同時にこの分野の研究の「おもしろさ」というものも垣間見せてもらったわけであるが、その内容の質の高さ、網羅される文献・史料の幅広さと、それらすべてをありきたりの無味乾燥な研究書ではなく、一つの明確なストーリイとしての構造を有する“readable”な「歴史」へと編みこんでゆくソーンの「わざ」の冴えは、当時(今もあまりかわってはいないが)、研究者としての自分の将来に全く不安以外のなにものも感じていなかった私にとっては、相当程度“discouraging”でもあったのだが。
 個人的話題にかまけてしまい、何ら本の内容の紹介になっていないではないか、というお叱りの声が聞こえてきそうであるが、すでに述べたように、とにかく「大作」であって、この小文をもってその細部まで紹介することなど、到底不可能であり、ただただ、そのようなすぐれた歴史書が、これまたすぐれた翻訳によって、容易に手にすることができるのですよ、ということさえ、特に学生の皆さんにお知らせさえできれば、それでこの巻頭のスペースを、私の無様な文章でうめさせていただいたことの申し訳がたつのではないかと思われるので、あしからず。とにかく、この本を読めば、高校の世界史あるいは日本史でならう「満州事変」についての知識など、本当に「国際関係の歴史」という多くの人を巻き込む、複雑極まりないできごとのほんのうわっつらにさえ、触れてはいないことが、わかるはずであるし、そのことはひいては、今の日本の高校までの歴史教育が、いかに貧困な水準にあり、かえって多くの若者に歴史というものを「つまらない事実の詰め込み」だけである、との印象を抱かせているかということまで教えてくれるはずである。(もちろんそういう広い意味での「人が歴史をつづる」という行為の本当のありかたについて、目をひらかせてくれるすぐれた日本語による書物の数は、山ほどある。ただ、特に高校までの歴史教育では、閑却されることの多い、そして、多様な歴史認識の比較検討という歴史を学ぶ際に不可欠な作業からは(「政治的」によって)遠ざけられやすい、日本が中国侵略そして対英米戦争へと突入してゆく過程を、英米の側からいかに認識していたかということをみせてくれるという点でも、ソーンの著作の持つ意義は非常に大きいのである)。
 話しが長くなり過ぎた。最後にソーンの他の著作の翻訳版のタイトルだけ掲げさせてもらい、この冗漫な文章にけりをつけさせていただくこととしよう;『大平洋戦争とは何だったのか』(1989)、『米英にとっての大平洋戦争』(1994)。どちらも上掲書以上に素晴らしい本である。

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大学の国際協力

生物資源学部 久松 真

 私は、チェンマイ大学植物バイオテクノロジー研究計画(CMUPB)の短期専門家として昨年の12月上旬から約1ヶ月間タイに滞在した。このプロジェクトは、国際協力事業団(JICA)が実施機関となり、文部省、三重大学生物資源学部、香川大学農学部、タイの大学省及びチェンマイ大学農学部とで構成され、平成5年8月から実行されている。このプロジェクトの主な目的は、チェンマイ大学を中心とする若手研究者の植物バイオに関連した知識と技術の養成、ならびに北タイ農業の活性化であり、プロ技術協力の名のもとに無償援助で運営されている。
 「国際援助」や「大学の国際協力」という大きな課題について、この1ヶ月余の短い滞在では十分ではないが、私なりに感じるところが多かったのでここに述べてみたいと思う。
 ところで、援助総額が世界のトップである日本の政府開発援助(ODA)のあらましを簡単に説明する。貧しい後発開発途上国に返済義務のない贈与を中心とした援助をJICAが受け持ち、その効果のかいあって経済が活発になりその国が中進国になると(日本政府の判断)、貸付方式の海外経済協力基金(円借款)で援助する。他の東南アジアの後進国を援助出来るまでに発展したタイは中進国と認定されたので、これまでのような無償援助は基本的に受けられない。本プロジェクトが無償援助である理由は、高度技術の移転協力という特別の解釈によるものである。ところで、お金の貸し借りとなるとどうしても友好関係に陰りが生じてくる。また、返済義務のある援助では断るケースもでてくる。例えは良くないが、昔から、金の切れ目は縁の切れめと言われている。これまでの援助効果を無用にしないために、中進国とも太いパイプの友好を維持することは必要である。新しい形のそれほど費用のかからない無償援助の種類を増やすことが大切であろう。
 最近、ODAのこうした弱点が問題視されるようになってきたのと裏腹に、田舎の学校や病院、農業指導等をボランティアで活動している草の根活動が注目されるようになってきた。タイ国内で日本人によるこのような活動が何十となされていることを知り誠に驚いた。JICAもこのような地味な活動を評価し取り入れようと努力するようになってきた印象を受ける。
 そして、大学ができる「国際協力」とは、まさしく草の根レベルの援助であると改めて認識したしだいである。日本の経済的援助によって国力はある程度ついたものの、総合的に見るとお金だけではどうすることもできないという現状も表面化してきた。中進国の援助内容の一つの柱として人材の育成を上げるべきであろう。タイでも首都バンコクには高度な研究のできる大学もあるが、地方大学では最も大きいチェンマイ大学でさえ、講義中心の教育が主体であるとの印象を受ける。農学部の先生で自分の研究室を持っていない人もいる。中進国の若手の教育は、中高年者の利害関係とぶつかり難しいと聞くものの、地方大学周辺の産業発展や環境問題を共に考え研究する道を探りながら、両国間の学生を含む若手研究者の育成をそろそろ考えても良い時期と思う。グローバルな体験こそ未知数も大きい。人材の育成、施設や機材、研究費を併せて援助できれば理想的である。
 5年間の予定のCMUPBは今年の三月で折り返し点を通過するが、この二年半の間に多数の研究者の間に友好的な関係が作られ、一歩一歩より大きな成果を目指してプロジェクトは進んでいる。このことは、学生たちにとってもアジアについて、また「国際協力」について考える機会となっておりよい刺激であろう。

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電算システム更新のお知らせ

 昨年12月に電算機システムが更新されました。これにともなって、新年度より、利用面で従来と異なるところがでてくる予定です。さしあたり、蔵書の検索(OPAC)について、簡単に案内いたします。

*利用できる時間が変わります
 図書館にある利用者用のOPAC検索端末からの利用が、全開館中となります。(従来、土曜日は利用できず、平日は19時まででありました)
 研究室からの利用は、開館・休館中に関係なく、深夜の一部時間帯(2,3時間)を除いて、ほとんど24時間可能となります。

*検索の仕方が変わります
 図書館にあるOPAC検索端末からの検索が楽になります。詳しい利用法は、備付けの手引きか、端末上のヘルプ機能をご覧ください。
 研究室からの検索については以下のとおりです。
 接続方法については、準備が整いしだいWWWによる図書館ホームページ等で案内する予定です。
 検索方法:メニュー検索(簡易検索)とコマンド検索の二種類が用意されておりますが、いずれもヘルプ機能が用意されておりますので、従来より検索が容易になります。

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著書寄贈

伊藤 達雄・人文学部教授

上垣 渉・教育学部教授 谷山 鉄郎・生物資源学部教授

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主要日誌

11月1日(水)
 大学図書館員の育成・確保に関する調査研究班ワーキング・グループ(於:名古屋大学)藤森情報管理課長出席
11月7日(火)〜10日(金)
 平成7年度大学図書館職員講習会(於:大阪大学)河谷目録情報係員出席
11月10日(金)
 学術雑誌総合目録和文編1996年版全国調査説明会(於:名古屋大学)樋本参考調査係員出席
12月6日(水)〜7日(木)
 平成7年度国立大学図書館協議会インターネット講習会(於:学術情報センター)豊田参考調査係長出席
12月7日(木)
 東海地区大学図書館協議会講習会(平成7年度第2回)(於:愛知工業大学)河村資料運用係員出席
12月13日(水)
 大学図書館員の育成・確保に関する調査研究班ワーキング・グループ(於:名古屋大学)藤森情報管理課長出席
12月13日(水)
 東海地区国立大学図書館協議会事務連絡会(於:名古屋大学)中島事務部長・藤森情報管理課長・油谷情報サービス課長出席
1月18日(木)
 平成7年度国立大学附属図書館事務部長会議(於:東京如水会館)中島事務部長出席
1月31日(水)
 大学図書館員の育成・確保に関する調査研究班ワーキング・グループ(於:名古屋大学)藤森情報管理課長出席
2月21日(水)
 平成7年度三重県図書館協会研修会(於:三重大学)野田図書館長外10名出席

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三重大学附属図書館報「学塔」 No.93
1996年3月21日 三重大学附属図書館発行
津市上浜町1515 TEL 0592-32-1211 FAX 0592-31-9086