『四庫禁燬書叢刊』と『四庫未収書輯刊』

人文学部  片倉 望

 平成13年度大型コレクションとして購入された『四庫禁燬書叢刊』と『四庫未収書輯刊』との価値を知るためには、とりあえず、『四庫全書』について、その概略と編纂の経緯とを大まかにでも理解しておく必要があろう。

 『四庫全書』は、清朝の高宗乾隆帝が乾隆6年(1741年)から全中国の書籍の収集を開始し、乾隆38年(1773年)四庫全書館を開き、乾隆47年(1782年)に最初の1セットの完成をみた中国最大の叢書である。『四庫全書』として収められた書籍(「存書」)は、3461部、79309巻の大部であり、二級の書物として目録だけが作られた「存目」も6793部、93551巻 に及ぶと言われている。『四庫全書』は、合計7セット作られ、北京の紫禁城の文淵閣を始め全国の四庫七閣に配置されたが、清末の戦乱でその半分が失われてしまった。

『四庫〜』写真

 さて、このような大々的な文化事業も裏面からみれば、必ずしも称賛に値するとばかりは言い切れない多くの陰湿な政治的意図を含んだものであった。そもそも清朝は、漢民族とは異なる満州族による征服王朝であり、少数の異民族による支配は、常に多数を占める漢民族による反満運動への弾圧と懐柔策とによって支えられなければならないという宿命を背負っていた。その政策の殆どが、祖父康煕帝の模倣であったと言われる乾隆帝の場合、その『四庫全書』の編纂は、まさしく、祖父の行った文化事業としての懐柔策、すなわち、『明史』『康煕字典』『佩文韻府』『淵鑑類函』等の大部の書物の編纂と、「明史の獄」「南山集の獄」といった弾圧政策としての「文字の獄」とを兼ねて行うという性格のものだったのである。『四庫全書』の書籍解題に当たる『四庫全書總目提要』の始めにある編纂條目によれば、歴代の皇帝の諱を改めたほか、「胡虜」という文字を改めるなど、皇帝の権威を高め、反満思想を封じる改竄が徹底して行われたことが確認される。また、同時に、統治に不利益と思われる書物は容赦なく焼却処分とされ、『四庫全書』の編纂中に書物・版木ともに消却された全燬書は2400種以上、一部分が訂正削除された抽燬書は400種以上であり、禁燬書の総数は10万部以上に上ったと言われている。

 このような清朝の思想弾圧にも関わらず、各地に災禍を免れて残存していた書籍は、乾隆以後、反満運動の高まりと共に各地で上梓されたものの、その殆どが散逸して所在すら明らかではないという状況に置かれていた。1977年、台湾の偉文図書出版社から刊行された『清代禁燬書叢刊』は、これらの禁燬書を収集し、清朝の思想・文化の空白部分を探る資料を提供しようという嚆矢的役割を担うものではあったが、その収集能力には限りがあった。かくして、北京大学、清華大学、中国社会科学院等、大陸の学術界が総力を挙げて収集、編纂した『四庫禁燬書叢刊』(北京出版社)が登場することになったのである。

 1999年11月にその全て(計311冊)が出版された『四庫禁燬書叢刊』は、著名な清代史の学者、王鐘翰氏が主幹となっている。この叢書に収録された書籍は、その凡例によれば、姚覲元編『清代禁燬書』、孫殿起輯『清代禁書知見録』、陳乃乾著『索引式的禁書總録』、雷夢辰輯『清代各省禁書匯考』の4書に著録された図書から選択されたものであるとされている。また、本叢書に付された「編纂縁起」によれば、この叢書は、先頃出版された『続集四庫全書』『四庫全書存目叢書』とともに、近年の中国における古典出版の重要なプロジェクトの一つとして位置づけられており、本叢書の完成は『四庫全書』に関連するプロジェクトの完了を意味すると考えられる。

 一方、『四庫未収書輯刊』(北京出版社)は、『四庫未収書分類目録』に「著録(存書)」とされた本の影印出版の事業を完成させたものであるという。周知のように『四庫未収書分類目録』は、乾隆時代に四庫全書館の学者等が見ることなかった書物、及び、乾隆以降、清末に至るまでの書籍を『四庫全書總目提要』の体裁に倣って分類、整理したものであり、「著録(存書)」とされた書籍は、本来、影印出版される予定であったが、「九一八事変」によってその計画は頓挫することになったという。従って、凡例によれば、『四庫未収書輯刊』の編纂に当たっては、『四庫未収書分類目録』の「著録」を書籍選択の範囲とし、『四庫全書存目叢書』『続集四庫全書』、そして先に述べた『四庫禁燬書叢刊』の書籍との重複を省いたもの約2000種を収録したと記されている。

 このように見てくると、以上の二つの叢書が『四庫全書』の欠を補う重要な働きを担うものであることは、もはや説明の必要もないであろう。三重大学の図書館に、このような膨大な叢書が収蔵されたことは、中国研究者にとって、この上もない喜びと言わねばならない。

(かたくら・のぞみ)

※この2セットにあわせて『四庫全書』(全文検索CD−ROM版)も購入いたしました。(附属図書館)


目次に戻る