Create Change
学術コミュニケーションの変革を!
<解説> 国際的な学術情報流通とSPARC/JAPANプロジェクト
ホームページや本誌特別号「Digital Live」No.19でもご紹介したBioOneは、大手商業出版社による近年の学術雑誌市場の寡占化や価格の高騰に対抗するため、米国で誕生したSPARCプロジェクトの支援を受けた非営利系学術情報サービスの一つです。学協会、図書館、出版社等からなる雑誌の刊行パートナーシップの成功例として良く知られています。
このシステムは、米国外にも広がりを見せ、2002年には、SPARC Europeが発足、わが国においても、今年度から、文部科学省・国立情報学研究所がイニシアティブを取る「国際学術情報流通基盤整備事業(SPARC/JAPANプロジェクト)」が始まりました。日本発の電子的な学術雑誌の育成を目指しています。
本学図書館の所属する国立大学図書館協議会では、すでに、このSPARC/JAPANプロジェクトへの積極的支持を表明しておりますが、このたび、リーフレットCreate Changeを発行いたしましたので、以下にその全文を掲載いたします。ぜひご一読いただき、本プロジェクト及び学術情報流通の現状についてご理解賜りたくお願い申し上げます。
学術雑誌の価格高騰と学術コミュニケーションの危機
学術雑誌は学術研究に不可欠
今日の学術コミュニケーション・システムの起源は、1665年、英国でオックスフォードの研究者グループが創刊したPhilosophical Transactionsという学術雑誌の誕生に求めることができます。約340年前のことです。以来、今日まで学術雑誌は、研究成果公表の手段として重要な地位を占めてきました。現在では学術雑誌を含む、世界で流通する逐次刊行物は、17万誌を超えるといわれています。
価格は高騰、タイトルは半減
しかし、このように学術コミュニケーションにおいて最も重要な役割を果たしてきた学術雑誌は、近年、大手商業出版社の市場寡占化を背景とした価格高騰と購読中止の悪循環という危機にさらされています。我が国では、過去10年間で外国雑誌の受入タイトル数はほぼ半減し、このことにより研究者が必要とする学術情報が大学において入手できない事態が生じています(図1)。
図1.外国雑誌受入タイトル数(1962−2001)

(国立情報学研究所の調査集計による)
電子ジャーナル時代の到来:新たな負担の重圧
一方では、この数年、学術雑誌の電子化に急速な進展がみられ、主要な学術雑誌の多くが電子ジャーナル化されてきました。ところが、電子ジャーナルでは印刷、製本、配送等の経費が不要となるため価格の高騰が押さえられるかもしれないという期待は、多くの場合、冊子体との抱き合わせによる価格設定等によって裏切られ、むしろ大学側は、冊子体の購入経費と併せ、電子ジャーナルを導入するための経費負担の重圧に直面しています。
電子ジャーナル化は価格高騰問題を解決しない
私たち国立大学図書館協議会では、学術雑誌の価格高騰と新たな電子ジャーナルの導入に対処するため、2000年に電子ジャーナルタスクフォースを立ち上げ、数十回に及ぶ大手商業出版社との協議を行ってきました。その結果、一部の出版社との間で電子ジャーナルの利用方法、価格設定などにおいて、価格高騰の部分的抑制やアクセス範囲の拡大といった大学側に有利な条件を引き出すなど、一定の成果を挙げて来ました。また、個々の大学では、電子ジャーナルの導入のため、全学的な重複雑誌の調整,予算確保などに努めています。しかし,これらの活動にもかかわらず,雑誌価格高騰の流れを押しとどめる抜本的な解決には至っていません。
研究者のコントロール機能喪失
学術コミュニケーションの危機は、雑誌価格の高騰にとどまりません。例えば、学術論文の評価、編集、流通の一連のプロセス全体が出版社のコントロールのもとに置かれ、価格設定のプロセスに研究者は関与できず、論文の著作権までもが出版社に譲渡され、研究者の手から離れてしまっているのが実態です。
このように、学術コミュニケーションのコントロールが、本来主役であるはずの研究者の手から失われていることこそ、学術コミュニケーションの危機の本質といえます。
学術コミュニケーションの変革を!
この危機を抜本的に打開するためには、学術コミュニケーションに対する研究者自身の意識の改革と、このシステムを出版社主導のものから研究者中心のシステムに変革し、とりわけ大手商業出版社に頼らない自立した学術コミュニケーション・システムの確立が必要であると考えます。
大手商業出版社に対抗する競争誌の刊行
最近、新たな学術コミュニケーションの試みとして、大手商業出版社の有力な学術雑誌に対抗する新たな学術雑誌の刊行を支援する非営利の組織、SPARC(The Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition)の活動が推進・提唱されています。また、ピアレビュー誌でありながら、オープンアクセスを目指した非営利の出版社も現れています。さらに、欧米では「機関レポジトリ」といって、個々の研究者の原著論文を所属の大学からWEB上で公開し、だれもが自由に閲覧できるシステムを提供する大学が増加しつつあります。
改革のための行動指針
このように、新しい改革の動きが生まれつつありますが、これらは、いずれも研究者の参加と図書館等の協力のうえで成果をあげています。以下に挙げたものは、研究者にとって可能な改革への行動指針と考えられるものです。研究者の皆さんには、可能な方法でご検討・ご協力をいただきたいと考えます。
- 所属の学会で、高額な商業誌に対抗できる出版計画を検討することを勧める。
- 所属の学会で、学会誌を商業出版社に委託している場合は、契約条項や,価格等を調査することを勧める。
- 論文を投稿する学術雑誌が大手商業出版社のものである場合、価格、著作権、契約条項などを検証してみる。
- 所属学会の出版プログラムに積極的に参加し、論文の投稿、あるいは編集委員、レビュアーを務める。
- 可能であれば、商業出版社との契約で、自分の論文を自由に利用できる権利を確保するようにする。(機関レポジトリ等に掲載する権利を留保する。)
- 高額雑誌の編集者で、かつ権限がある場合は、その雑誌を非営利出版社に移すか、新しいジャーナルを創刊することを検討する。
- 上述のSPARCが支援する学術雑誌の中に、研究者自身の専門領域がある場合は、SPARC誌への投稿を検討する。また、SPARC誌のレビュアーあるいは編集委員を務める。
- 学術コミュニケーションの問題や変革への提言などについて、学部や研究室で議論する場を作る。その際図書館員はその場に積極的に参加し、情報提供に協力します。
新たな挑戦−SPARC
- SPARCとは、北米研究図書館協会(ARL: Association of Research Libraries)が、1998年に大手商業出版社の雑誌価格高騰に歯止めをかけるため、研究者、学協会と連携をとり、新たな研究成果発表のシステムとして、大手商業出版社の高額雑誌に対抗できる雑誌を刊行し、学協会の出版を支援する目的で発足したプログラムです。2002年には、欧州でSPARC Europeが形成されました。
- 現在は、代替誌15タイトル、学協会支援6団体、先端的なプロジェクト5団体がSPARCのパートナーとなっています。(詳細はhttp://www.arl.org/sparc/core/index.asp?page=c0をご覧ください。)
- SPARC誌の一例を挙げると、米国化学会のOrganic Lettersは、Elsevier社のTetrahedron Letters (TL) に対抗する雑誌として刊行されています。現在、同誌はJournal of Organic Chemistryに次いでインパクトファクター(論文被引用頻度数指標)が高く、TL誌をはるかに凌ぐほどに成長しています。雑誌価格は、TL 誌の2003年価格に比較してほぼ3分の1に設定されており、電子ジャーナルとしても提供されています。
- また、先端的なプロジェクトとしてSPARCが支援しているBioMed Centralはユニークな生物医学系出版社です。この出版社の取り扱う55以上のピアレビュー誌は、無料でアクセスでき、アーカイブも保証されています。科学研究の進展には、研究者への無料公開が不可欠であることを原則としている出版社です。
- 研究者の皆さんには、大手商業出版社の雑誌価格高騰の現状をお考えいただき、SPARC誌(以下のマークが付されています)にご自身の研究領域の雑誌がありましたら、その購読をお奨めすると同時に、論文投稿にも積極的にご協力くださるようお願いいたします。
SPARC/JAPANの誕生
- 我が国では、国立情報学研究所(NII)が推進する「国際学術情報流通基盤整備事業」(通称SPARC/JAPAN)が活動を開始しています。(http://www.nii.ac.jp/sparc/)
- この事業は、科学技術・学術審議会/デジタル研究情報基盤WG「学術情報の流通基盤の充実について(審議のまとめ)」(平成14年3月12日)の提言に基づき、日本の学協会が刊行する学術雑誌の電子化・国際化を促進し、科学技術・学術研究成果の一層の普及を図ることを目的としています。
- NIIが中心となり、日本の学協会、大学図書館、科学技術振興機構(JST)のほか米欧SPARCとも連携協力しながら、国際的に立ち後れている国内学会誌(英文)の電子化を促進し、我が国の学術雑誌の国際的評価を高め、かつ適正な価格で提供できるビジネス・モデル形成の支援を行うことを主眼としています。
- NIIに置かれている「国際学術情報流通基盤整備事業評議会」(議長:野依良治理化学研究所理事長)で支援策を協議し、支援対象学会誌について公募・選定が行われています。研究者の皆さんには、所属の学会等でこの動向を伝え、応募、あるいは論文投稿等に是非ご協力をお願いしたいと思います。
- 大学図書館は、このSPARC/JAPANの事業計画を全面的に支援します。大学図書館は、SPARC/JAPANが支援する学協会誌の予約購読、学内における研究者への支援協力を積極的に働きかけていきたいと考えています。
(2003年10月作成)
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* このリーフレットは、一部ARLのCreate Change brochureに基づいて作成しております。
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* 米国Create Changeの邦訳は、下記のURLをご覧ください。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/sparc/create/home.html
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* ご意見・ご質問は,所属大学の図書館,または下記にお寄せください。
国立大学図書館協議会
国際学術コミュニケーション特別委員会
email: anul-international@kenon.l.chiba-u.ac.jp
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