三重大学人文学部フォーラム in 東紀州 2001:要旨

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第1回要旨
村の不埒者 -尾鷲大庄屋文書の世界-

塚本 明

享保15(1730)年のことである。尾鷲の町中に今も残る光円寺に、大酒を飲み酔っぱらった善之平という男が、脇差しを抜いて押し掛け、本尊の阿弥陀如 来を奪いとった。善之平はその後も町内を暴れ回るが、庄屋や檀家中、親類らによって取り押さえられた。

善之平の身柄は親類が預かり、松坂で療養中の父親、善十郎に連絡が行く。だが父は、素行不良で勘当した息子のこと、お上に訴え死罪に処されても構わないと冷たく言い放つ。

ところが庄屋・親類らが協議の上で出した結論は意外なものであった。善之平は善十郎の家督・財産を相続し、元手金まで支給される。行状を慎むこと、禁酒などを誓わされはしたが。庄屋や親類らは、村の仲間として善十郎よりも善之平を選んだのである。

この事件は、膨大な量を誇る尾鷲大庄屋文書中の一冊に記録される。この文書からは、江戸時代の尾鷲の社会構造や人々の喜怒哀楽、価値観等を詳しく知ること が出来る。尾鷲を知るための「宝の山」である尾鷲大庄屋文書は、紙屑のような扱いを受けたこともあった。私達と尾鷲の皆さんとで連携して、価値に見合った 保全と活用を計れないであろうか。


第2回要旨
産地市場の整備と尾鷲市の水産業

長谷川健二

今日、水産物の産地市場は、きわめて大きな岐路に立たされている。その要因の第1は、資源量の減少、漁業者数の減少などによる日本漁業生産全体の水揚げ量 の減少であり、第2には、1991年のバブル経済崩壊以降の水産物消費をはじめとした消費不況の影響による産地価格の低下である。第3には、近年、ますま す増加しつつある物流コストによる消費地までの流通の困難性の増大である。そして、第4には、“川下”と呼ばれる小売段階での大型量販店主導型の価格形成 力の強化による中継段階の卸売市場、産地市場での低価格の流通の構造化である。そしてこうした産地に対する構造問題の発現の中で、とくに尾鷲市管内産地市 場にも共通する産地の買受業者の経営の悪化などによる経営体数の減少が大きく響いている。

こうした中で産地市場の大部分の開設者である漁協の市場政策は、次の諸点を考慮しながら対応する必要があろう。第1には、産地市場経営が漁協の様々な販売 事業の中の一つであり、その他にも共同販売、直売・通販、製氷冷凍事業などが存在する。こうした諸事業との関連性と役割を明らかにすることである。第2に は、漁協独自なマ-ケテイング戦略を明確にすること。第3には、産地内での“疎外”が進行しつつある加工業者との新たな産地づくりが必要となっているこ と。第4には、そうした力量と能力を持った漁協の職員の確保などである。


第3回要旨
万葉の海 -伊勢・熊野の海を中心に-

廣岡義隆

都が大和国(奈良県)にあった万葉の時代には、今、皆が楽しむような観光旅行というものはありませんでした。ごく一部の人が職務を帯びて都から地方へ旅を しました。また地方からは税をもって都に上りました。他に、地域間の経済交流があったことは判明していますが、古代においては限定的な交流に過ぎません。

『萬葉集』は都人によって編まれた歌集であり、そこに載る歌も原則として都人の歌々となります。この都人において、「海を見る」ことは驚きであり、その感 動は、海の歌として『万葉集』に載せられました。そうした「海の歌」や「浜辺の歌」について、伊勢海や熊野浦を中心にみてゆきます。

また、「古代の船」はどのような形で出てくるかということを、造船を含めて見ることで、古代の海辺の有様に思いを馳せます。


第4回要旨
東南アジアのマングローブ林と人々

安食 和宏

日本は世界1の水産物輸入国であり、品目別輸入額で第1位を占めているのがエビである。私たちがこれだけ大量に消費しているエビの多くは、東南アジアのマ ングローブ林地域で養殖されて日本に運ばれてくる。今回は、このマングローブ林の地域を対象として、そこで見られる人々の生活とマングローブ林との関わ り、エビ養殖業の急成長による影響などを報告してみたい。主に、フィリピン、タイ、ベトナムの例を取り上げる。

マングローブは、熱帯・亜熱帯の海岸部(潮間帯)のみに成育する独特な植物である。それは、水産資源の涵養と環境保全の面で重要な機能を果たし、また多く の恵みをもたらしてくれる豊かな森である。地元の人々は、マングローブ林生態系に依存した伝統的な生活を営んできた。それは、資源を持続的に活用するもの であった。しかし、日本向けエビ養殖がブームとなるにつれ、マングローブ林の開発(破壊)と林地の養殖池への転用が急速に進んできた。それによって一部の 人間は大きな利益を手にしただろうが、マングローブ林の減少が地元住民の生活に与えた悪影響も無視できない。また、新たな環境問題も生じている。自然環境 とどのようにつき合って、資源をどのように活用すべきなのか、以上の例から学ぶべきことが多いように思われる。


第5回要旨
ことばと文化 -ものには名前がある-

友永 輝比古

「ことばと文化」というテーマに副題「ものには名前がある」を付けました。この副題はW.ギブスンの戯曲『奇跡の人』の副題から借用したものです。「もの には名前がある」のはごくごく当たり前のことですが、ここではその当たり前のことについて考えてみたいと思います。

人間がつくりだしたものはすべて文化であり、今日の精神的・物質的文化は「ことば」があることによってつくりだされて来ました。「ことば」も人間がつくっ た文化であり、人間の祖先がことばを発明し、ものを名前で表すことをしなかったならば、今日の文化は無かったはずです。

文化をつくるのは人間ですが、その人間をつくるのは「ことば」です。それ無くして人間になることは出来ません。人間は多くの「ことば」を獲得しながら「こ とば」で考え、そして以前とは違う自分というものをつくっています。自分で自分を「つくっている」という意味において、それぞれの個人も文化、世界に一つ しかない文化と言えるかもしれません。

講演では「ことば」本来の機能について、『どん底』を上演した仲代達矢のメッセージ、『奇跡の人』(演劇、映画)、『ヘレン・ケラー自叙傳』、サリバンの著書、ブレヒトの『コイナーさんの話』等を引用しながら語らせて頂きます。


第6回要旨
まちづくりの新しい潮流
-20世紀の密室の都市計画から21世紀の協働型まちづくりへ-

浅野 聡

人が生み出した最大の人工物は、「都市」です。そしてそれを計画的に生みだし、生活しやすようにコントロールするのが都市計画です。近代都市計画を振り返 ると、20世紀は「密室の都市計画の時代」でした。情報公開されないまま密室の中で都市計画が決定され、生活空間が改変され、多様な社会問題を引き起こし ていきました。いま、地方分権・財政再建・情報公開などを背景に、都市計画が、徐々に変化してきました。「20世紀の密室の都市計画」から、「21世紀の 開かれた協働型(市民主体・参加)のまちづくり」へ。必ずしも専門的知識のない市民とともに、都市プランナーと行政が、協働作業を通して都市計画の立案、 実現にチャレンジする時代へ。ここでは、三重県内の市町村における実例をもとに、新しい都市計画の潮流である協働型まちづくりの最前線について、わかりや すく解説します。


尾鷲高校出前講義
コミュニケーションはいかになりたつか
―愛は伝えられるのか―

井口 靖

コミュニケーションはことばだけでなりたつものではありません。たとえば、愛を伝える場面を考えてみましょう。まず、面と向かって告白するのか、電話を使 うのか、ラブレターにするのかなど手段を選ぶ必要があります。黙ってチョコレートを差し出すということもあります。そして、面と向かうならば、どのような 場所、どのような時間帯を選び、また、どのような服装をして出かけるか、相手との距離はどうするか、どちらを向いて話すかなどによって、伝わること、伝わ り方がちがいます。私たちはこころをそのまま相手に渡すことはできません。こころを何かに変えて相手に伝え、それを解読してもらう必要があります。たとえ ば、口に出されたことばは物理的には単なる空気の振動にすぎません。しかしそれによって意味が伝わり、そしてそのことばの意味以上のことが理解されます。 ここではむしろ「コミュニケーションはいかになりたたないか」を指摘することにより、愛を伝えるためにはいったい何が必要なのかを考えてみたいと思ってい ます。